日光で初冠雪が観測されたサム~イ日になってしまいました今日この頃。。。
栃木B級グルメを試しに行ってきましたです!!
え~何をかくそう私は佐野生まれで4歳まで、犬伏新町というところで暮らしておりました。
当時の佐野を思い出してみると・・・
当時の犬伏付近は、葛生から砂利を運ぶダンプばかりが走っていて、凄く砂埃のような感じでした。
そして両毛線の線路すぐ脇にあるスーパータカセ(今は違うスーパー?)は、田んぼだったのでおたまじゃくしが沢山居ました。
そして、そのすぐ近くには卵の自動販売機があったり、また、米山公園前にオネスティってスーパーがあって、そこの娘がなんとダカーポ(野に咲く花のようにを歌った夫婦歌手)だったり、定期的に石焼き芋やさんが通ったりと子供ながらに賑やかな場所だったことを憶えています。
また、駅にいくと十字屋という百貨店があり、そこのおもちゃ売り場でおもちゃを眺めるのが大好きだったこともよく憶えています。
でも今では、十字屋も無くなってしまい、駅前の商店街は賑わいも無く、色んな街が抱える問題と同様に佐野市も郊外化が進んでおります。とくに佐野の場合、アウトレット効果が物凄いから余計に両極化が進んでいる状況です。
前振りが長くなりましたが、佐野といえばイモフライ屋さんの”はしご”でしょう。
まずは、老舗の『いでい焼きそば店』
ジャンボイモフライが売りのこのお店。
目印は佐野女子高(次年度から佐野東高校)の南側線路渡ってすぐ右側です。
店主は、まったく商売っ気のない感じでしたが、『どっからきたの?イモフライうまかんべ?ラーメンよっか、いものほうが歴史があるだっつんだ』と栃木弁でもU字工事とは異なり爽快な両毛弁を話してました。
次に、すぐ近くのおおにしへ
2本くらいじゃ、まだ準備中なんでと丁重にお断りされてしまいました。
そうなんです。佐野の人々は、夕飯のおかずでイモフライを食べるので、1人に対して10本20本は平気で売れていくのです。
私も4歳まではイモフライが毎日のように食卓にあったことをよく記憶してます。ちなみに、宇都宮に引っ越してからは、食卓に並ぶイモが餃子に変わったという嘘のような本当の話も実体験しております。
そして忘れてましたが、佐野にはこんな素敵なものもあります!!
イモフライマップ!!
http://www.sano-kankokk.jp/dining/din_fp.html
佐野市民が13~14万人に対して23店舗のイモフライ屋さんがあるなんて・・・
※但し、お店によっては、イモフライor焼きそばの他に、鯵フライ、イカフライなどもあります。
それでは次に向かったのがこちら
江原商店
イモフライは若干こちらの方が小ぶりですが、江原商店は鯵フライとイカフライを置いてます。
イカフライがスッゲー柔らかで上手い。
そして、ソースの味がいでいと違うなぁ。いでい焼きそばではチェックしませんでしたが、江原商店はミツハソースを使用しているようです。
TVでなんども紹介されているようで、県外ナンバーのお客さんがたくさん列をつくっておりました。
それでも、相変わらずご近所さんは、『いも25本!!』みたいな感じでした(笑)
そしてとどめは、佐野ラーメン萬里。
こちらのお店、元プロ野球選手であり、私の母校を代表するOBの小関達也選手の実家です。
薄口醤油な感じに、青竹打ちの麺が非常に相性良く、さっぱりと食べれます。
まあ、そんな感じで、今回のB級グルメ調査はこの辺にて終了とさせて戴きます。
佐野アウトレットに買い物に行く際は、佐野藤岡ICを利用すると物凄く混雑しますので、佐野田沼ICを利用し、浮いた時間を上手につかい佐野の街中でB級グルメや天明鋳物の文化に触れてみることをお勧め致します。
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