宇都宮市に長いこと住んでいるから。。。
勘違いしそうだった会話。
とある日の釣りが好きなAさんとのこと
Aさん「今度、鬼怒川行かない?」
私「いいですね!!行きましょ!!」
Aさん「どこらへんにしよっか?」
私「氏家に行く途中の橋の下にしましょうか?」
Aさん「その辺に温泉ってあった?」
私「鬼怒川”温泉”かい~釣りかとオモタ」
マイナーな北関東は栃木県に生まれ、マイナーなスポーツであるラグビーをやっている人間の独り言ブログです。
宇都宮市に長いこと住んでいるから。。。
勘違いしそうだった会話。
とある日の釣りが好きなAさんとのこと
Aさん「今度、鬼怒川行かない?」
私「いいですね!!行きましょ!!」
Aさん「どこらへんにしよっか?」
私「氏家に行く途中の橋の下にしましょうか?」
Aさん「その辺に温泉ってあった?」
私「鬼怒川”温泉”かい~釣りかとオモタ」
私は、妻と子供たちが実家へ帰省中の為、一人寂しい時間を過ごしています。
連休なので、これまでできなかったことを心のままにやろうときめてます。
納戸を整理していたら、懐かしい思い出たちがでてきました。
高校時代の新聞や写真が沢山出てきた。30年も経過してしまうのか。。。
全然上手くならないし、緊張することが毎回で、どうすれば良いのか全然わからなかった。
父、粂川茂夫から教わったこと、、、
粂川尚之1人では大きなことはできなくても、、、でも同じことを毎日繰り返し続けること。PDCAを自分の中で回して少しずつ立ち止まったり前進すること。大変だからこそ続けてみること。
思い出すと、毎日、ルーティンを崩さず同じトレーニングを続けてみる。2週間経過してみてプラスアルファできるかチェックして、プラスアルファができるようになっていたら、トレーニングを増やしてみる。
凡人だった自分がトレーニングを続けて、なんだか背が伸びて、なんだか走れるようになって、なんだか上手になって、なんだかキックが伸びて。キン肉マンに登場したジェロニモになれた感じがしてました(笑)
大切なことは日々繰り返せる状態をつくる精神状態を自ら作り出すことなんだとあらためて思い返しました。
それに、食べ物や洗濯洗剤にアレルギー反応があることがわかり、思うように栄養が取れなかったり普段着ている服のせいで肌に湿疹ができまくるので、野菜と魚と多種類のサプリメント(ミキ食品多かった(笑))で栄養補給に徹してくれたり、洗濯洗剤にも気をつかってくれた母親にとても感謝してます。
第76回全国高等学校ラグビーフットボール大会(第76回の花園)に出ることができたのは、今となっては夢の様。
1回戦で歓声の凄さに緊張して、前半はキックオフからダフるし、被トライ後のキックオフはダイレクトタッチになるし、コンバージョンミスが3回。。。
ハーフタイムに吉岡先生から「練習してきた通りのことをやる。」の一言があって、スタンドには応援に来てくれたクラスメイト達が見えたら、いつもの教室にいる感じになったおかげで、自然体で楽しんでいる自分がいて、左端からコンバージョン2本決めることができたし、インゴール手前から相手陣10mまでスクリューキックが歓声に乗って伸びてくれてピンチの場面を一気に脱出することに成功した(ホッ)
強く思い出に残っているのは、、、ハーフウェイライン付近から右へFWがショートラックを連続して、左へ移動したときに4対3が組み上がった。
智田大輔⇒粂川尚之⇒里岡武⇒田尻智樹と繋いで左隅にトライ
強靭で機動力あふれるFWは、真後ろから見ていてすごい音が聞こえてきて、いつも鳥肌ものだったし、その瞬間もすごかった。
智田は左ひじが逆に曲がってしまうほどの大けがからの復活でブランクを感じさせないし声が通るし、身体能力がそもそも高いのがすごい
同じ誕生日の里岡と不思議とその瞬間気持ちが通じたし、彼は理系だったから試合中に相手のシステムをCとPをもちいて分析と解析を感覚的にしていただろうし、なんといっても勝負強いのが彼の魅力です
学業成績が良かった田尻は里岡のパスの軌道をAIバリの情報量から読み切ってナイスキャッチ、相手に追いつかれつかまれたが持前の粘り腰で振り切って、そのあと30mくらい走り切って左隅にトライしてくれた。
当時は理系クラスや国立クラスの人が一定数いたこともあって、方程式や解の公式を解くように、公式や法則に当てはめて同じ解き方にする動きがあったことから、不思議と練習通りにハマる確率が一定数あった。(相手が格上の時はパラドクスまみれだったけど)
重量戦車くらいにしか思われてなかっただろうが、ちゃんと國學院久我山っぽく”ゆさぶり”も出来たんです私たち(笑)
いつのカテゴリーでも、ロッカーで最後にスパイクの靴紐をほどくときは辛かった。
けど、高校時代に12月30日に花園のロッカーでジャージを脱ごうとした瞬間に1つ下の生意気な後輩が「まだ脱がないでください!!1秒でも長くジャージを着ていてください!!粂川さんが孤高すぎるから近づくために生意気なこと言ってばかりですみませんでした」と泣きたかった私を差し置いて、私の上に乗って大泣きしてジャージを脱がせてくれない後輩達がいました。
素直に嬉しくて泣いていました。
ひとしきり泣いた後に「もののあはれできてたぁ?」と後輩に聞くと、「奥ゆかしい」と答えてくれた。
負けてなお美しさの余韻を残すのが國學院栃木高校の生き方と教わっていたから体現できたか不安だったが、安心して引退できると思った。
だんだん迷子になってきてしまいました。。。
男の子が20歳になる前に一生懸命になることがあるっていいですよね。
私は、時間や地域に制限がある高校時代の部活というのは、とても有意義な時間だったと思います。
ですし、大学に進んで少しだけ大人になった環境でチームメイトと過ごす時間も、とても素敵な時間だったと思います。
次は、強豪校と言われるところでレギュラーになれないなら中堅でレギュラーにならないと面白くない問題について体験したことを書き出そうと思います。
ここまで長々ありがとうございます。もしもコメントいただけますと嬉しいです。
よろしくお願い致します。
宇都宮市と水戸市と前橋市を比較しているスレッドを見たので、宇都宮市を紹介致します。
宇都宮市は、北関東3県の県庁所在地で最も北にあります。
海抜に関しても水戸市と前橋市と比べると宇都宮市は高いです。(前橋市とは10mくらいしか差がないけど。。。)
ですので、割と冬は寒い地域です。
盆地の中心で滞留した冷気の為の底冷えと放射冷却をモロにくらいます。
冬場は道路のラインを自転車で跨ぐときに、結構緊張します。
交差点の信号待ちで、膝にガーゼを貼った中学生や高校生を見るのは割と普通です。
初夏から秋口にかけて、晴れた日の夕方には雷雨になります。
高気圧の下降気流が北や西に向かうと高い山々に向かい上昇気流に変わってしまうことで積乱雲を生み出し、宇都宮市に結構キツイ雷雨を持ち帰ってきます。
そんな日のお昼休み過ぎには空を見上げると青と黒の2色ですので、何か覚悟を決めることが多いです。
それが「雷都・宇都宮」と呼ばれてしまう理由です。
他県で盆地の中心にお住まいだった方も、あきれてしまうほどの盆地っぷりです。
ただ、天気図の下の方に台風があるときに限っては、補償流が大きなスケールでしか影響しないのか、雷よりも洗濯物の乾き具合が心配になります。そんな日のフローリングは ベタベタです。
布団巻きのジローが、宇都宮市で繁盛しているのがそういうわけです。
初夏の湿度の高さ、冬場の強烈な乾燥具合により、家の中では四季を通じて靴下の着用が義務付けられます。決して足先が冷えるからではありません。
足跡を残さないこととササクレで怪我をしない為にという母親の面倒ごとを少なくするためです。
お年寄りの宇都宮市民はカセットテープの早送り再生でもしているのかと思うくらい高い声と早口が特徴です。
きっと寒暖差がすごく、激しい雨音でしたり、雷の音もすごいことからなのか、通る声で且つ唇が紫色にならないような運動量が必要なのでしょう。
私は、父の転勤先で生まれ、5歳の時から宇都宮で育ち、15歳~22歳まで県南の高校・大学で過ごし、少しだけ県北で暮らしました。
大抵、人から言われてきたのは、、、
「早口だ」、「声が通る」から声量を抑えてください。
「折り畳み傘を常に持っている」、「部屋の中で靴下を常に履いている」から几帳面なのかと思ったがそうではなかった。
宇都宮市の紹介でした。