2026年8月13日木曜日

お盆休みに片づけをしていたら30年前の思い出


こんにちは、お盆休みはいかがお過ごしでしょうか。

私は、妻と子供たちが実家へ帰省中の為、一人寂しい時間を過ごしています。

連休なので、これまでできなかったことを心のままにやろうときめてます。

納戸を整理していたら、懐かしい思い出たちがでてきました。

高校時代の新聞や写真が沢山出てきた。30年も経過してしまうのか。。。

全然上手くならないし、緊張することが毎回で、どうすれば良いのか全然わからなかった。

父、粂川茂夫から教わったこと、、、

粂川尚之1人では大きなことはできなくても、、、でも同じことを毎日繰り返し続けること。PDCAを自分の中で回して少しずつ立ち止まったり前進すること。大変だからこそ続けてみること。


何か人と変わったことをやることを止めて、上記の内容で1年過ごしてみて、吉岡先生から仰っていただいたことは、
「粂川も、今日はスクリュー回転のいいキックで陣地をばん回してくれて、FW人が安心してプレーできた」
「司令塔のSO粂川は絶好調だ。キックもパスもいい。心身ともに充実している。ハードな練習メニューも完璧にこなせているのは万全な体調だから。」


思い出すと、毎日、ルーティンを崩さず同じトレーニングを続けてみる。2週間経過してみてプラスアルファできるかチェックして、プラスアルファができるようになっていたら、トレーニングを増やしてみる。

凡人だった自分がトレーニングを続けて、なんだか背が伸びて、なんだか走れるようになって、なんだか上手になって、なんだかキックが伸びて。キン肉マンに登場したジェロニモになれた感じがしてました(笑)


大切なことは日々繰り返せる状態をつくる精神状態を自ら作り出すことなんだとあらためて思い返しました。

それに、食べ物や洗濯洗剤にアレルギー反応があることがわかり、思うように栄養が取れなかったり普段着ている服のせいで肌に湿疹ができまくるので、野菜と魚と多種類のサプリメント(ミキ食品多かった(笑))で栄養補給に徹してくれたり、洗濯洗剤にも気をつかってくれた母親にとても感謝してます。


第76回全国高等学校ラグビーフットボール大会(第76回の花園)に出ることができたのは、今となっては夢の様。

1回戦で歓声の凄さに緊張して、前半はキックオフからダフるし、被トライ後のキックオフはダイレクトタッチになるし、コンバージョンミスが3回。。。

ハーフタイムに吉岡先生から「練習してきた通りのことをやる。」の一言があって、スタンドには応援に来てくれたクラスメイト達が見えたら、いつもの教室にいる感じになったおかげで、自然体で楽しんでいる自分がいて、左端からコンバージョン2本決めることができたし、インゴール手前から相手陣10mまでスクリューキックが歓声に乗って伸びてくれてピンチの場面を一気に脱出することに成功した(ホッ)

強く思い出に残っているのは、、、ハーフウェイライン付近から右へFWがショートラックを連続して、左へ移動したときに4対3が組み上がった。

智田大輔⇒粂川尚之⇒里岡武⇒田尻智樹と繋いで左隅にトライ

強靭で機動力あふれるFWは、真後ろから見ていてすごい音が聞こえてきて、いつも鳥肌ものだったし、その瞬間もすごかった。

智田は左ひじが逆に曲がってしまうほどの大けがからの復活でブランクを感じさせないし声が通るし、身体能力がそもそも高いのがすごい

同じ誕生日の里岡と不思議とその瞬間気持ちが通じたし、彼は理系だったから試合中に相手のシステムをCとPをもちいて分析と解析を感覚的にしていただろうし、なんといっても勝負強いのが彼の魅力です

学業成績が良かった田尻は里岡のパスの軌道をAIバリの情報量から読み切ってナイスキャッチ、相手に追いつかれつかまれたが持前の粘り腰で振り切って、そのあと30mくらい走り切って左隅にトライしてくれた。

当時は理系クラスや国立クラスの人が一定数いたこともあって、方程式や解の公式を解くように、公式や法則に当てはめて同じ解き方にする動きがあったことから、不思議と練習通りにハマる確率が一定数あった。(相手が格上の時はパラドクスまみれだったけど)

重量戦車くらいにしか思われてなかっただろうが、ちゃんと國學院久我山っぽく”ゆさぶり”も出来たんです私たち(笑)


大学では、3年時に関東大学リーグ2部で2位になった。
決して大きくない体だったが、タックルとクラッシュ、ハイパントキャッチ時の競り合いは自信があった。高校時代に基本を大切に練習を繰り返していたからだと思う。
トイメンやマッチアップした相手がUー19を経験しているような選手だと不思議と気持ちが燃えた(笑)
自信を持って言い切ります。留学生だろうが引きずられようが全て止めた。(笑)
綺麗にタックルが決まるたび、リザーブやスタンドのチームメイトが大声で労ってくれたし、熊谷Bグラウンドのスタンドがざわついた。
「ガンバレ はくちょう だい!!」
心の中で「はくおうだよ」とつぶやいた。(白鷗大学)

観戦者は綺麗に見えるだろうが、ハードタックル後は壊れたテレビを見ているような視界になっちゃったことが多々ありました(涙)

残念なのは何も記録が残ってない。。。
後輩のご両親が一生懸命写真を撮ってくれて、その写真を見て記憶を辿るだけです(笑)

とにかく楽しかった学生時代のスポーツ。
限られた時間の中で、アグレッシブにやれるかパッシブに過ごすか。

超人たちに加わって、凡人の私が微妙に超人達の仲間入りをしたときのことでした。


社会人になって、クラブラグビーと出会いイワサキクラブでクラブトップリーグと東日本トーナメントを経験しました。
なかなか時間をうまく作り出すことができずに、衰えていく自分との戦いになってしまったけれど、それはそれで10年間続けることができたし近いエリアの仲間が増えて嬉しかったし、今でも大切な友人です。


いつのカテゴリーでも、ロッカーで最後にスパイクの靴紐をほどくときは辛かった。

けど、高校時代に12月30日に花園のロッカーでジャージを脱ごうとした瞬間に1つ下の生意気な後輩が「まだ脱がないでください!!1秒でも長くジャージを着ていてください!!粂川さんが孤高すぎるから近づくために生意気なこと言ってばかりですみませんでした」と泣きたかった私を差し置いて、私の上に乗って大泣きしてジャージを脱がせてくれない後輩達がいました。

素直に嬉しくて泣いていました。

ひとしきり泣いた後に「もののあはれできてたぁ?」と後輩に聞くと、「奥ゆかしい」と答えてくれた。

負けてなお美しさの余韻を残すのが國學院栃木高校の生き方と教わっていたから体現できたか不安だったが、安心して引退できると思った。


だんだん迷子になってきてしまいました。。。

男の子が20歳になる前に一生懸命になることがあるっていいですよね。

私は、時間や地域に制限がある高校時代の部活というのは、とても有意義な時間だったと思います。

ですし、大学に進んで少しだけ大人になった環境でチームメイトと過ごす時間も、とても素敵な時間だったと思います。

次は、強豪校と言われるところでレギュラーになれないなら中堅でレギュラーにならないと面白くない問題について体験したことを書き出そうと思います。

ここまで長々ありがとうございます。もしもコメントいただけますと嬉しいです。

よろしくお願い致します。

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